嫁の何気ない一言で気づかされた“愛情と自己満足の違い”とは──。
今回は筆者の知人から聞いた、考えさせられるエピソードをご紹介します。
正直な意見
ある日、ちょっとした会話のなかで、嫁がぽろっと言った言葉に衝撃を受けました。
「実はあのお惣菜、私がほとんど食べていて」
「正直食べきれなくて困っています」
聞き間違いかと耳を疑いましたが、確かに孫はまだ5歳。
まだまだ味覚は子どもらしく、薄味や渋い味は得意ではないとのこと。
そして、息子も昔から揚げ物やジャンクな味が好きでした。
つまり、私が“健康のために”と思って用意していたものは、2人にとってはあまり嬉しくないもので、嫁が気を遣って食べていたという話だったのです……。
反省
もちろん、嫁は気を悪くさせようと思って言ったわけではなく、『せっかく作っていただいてありがたいが食べきれなくて困っている』というニュアンス。
とはいえ、聞いてすぐは『息子一家のことを想って喜ばれるような料理を作っている』と思い込んでいたこともあり、ひどく落ち込んだ私。
でも本当に大切なのは“相手の好みに配慮しているか”、“喜ばれるような料理か”だったとようやく気づき反省しました。
本当の愛情
それからは息子一家が来る前に
「何が食べたい?」
とまず聞くように。
孫や息子が好きなハンバーグやカレーに卵焼きなど、最近私があまり作らなかった料理も、みんなにとっては喜ばれる料理と分かった今では楽しく作れています。
「今日のおばあちゃんのカレー、おかわりしちゃった!」
と嬉しそうに言う孫の顔が、何よりのごちそうです。
愛情は、一方的に押しつけるものではありません。
相手が心から喜んでくれるようなことをするのが“本当の愛情”なのだと、私はやっと学べました。
【体験者:60代・女性主婦、回答時期:2026年5月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:一瀬あい
元作家志望の専業ライター。小説を志した際に行った女性への取材と執筆活動に魅せられ、現在は女性の人生訓に繋がる記事執筆を専門にする。特に女同士の友情やトラブル、嫁姑問題に関心があり、そのジャンルを中心にFTNでヒアリングと執筆を行う。