結婚生活の中で、夫婦仲が冷え切ってしまったとしても、家庭の形を維持することが親の責任だと考える方は少なくありません。自分の感情に蓋をして過ごす日々の先にある景色は、どのようなものなのでしょうか。今回は、筆者の知人の体験談をお届けします。

娘の切ない本音

転機は娘の結婚が決まったときでした。
お祝いムードの中、娘がふと私に言ったのです。

「お母さん、長いあいだずっと無理して笑ってたでしょ。私のために我慢しないでほしかったな」

言葉を失いました。
夫婦の不仲や自分の気持ちは必死で隠してきたつもりでしたが、娘の目には「お母さんの犠牲」と映っていたのです。

良かれと思っていたことが、本当は娘を苦しめていたのかもしれない。そう思った瞬間、胸が苦しくなりました。

崩れた思い込み

しばらくは娘の言葉に激しく動揺し、「一体何のための15年だったのだろう……」とひどく落ち込みました。

でも、娘から本音をぶつけられたことで、ようやく自分の人生と向き合おうと思えたのも事実です。

それから私たち夫婦は何度も話し合いを重ね、結局は離婚を見据えた別居という道を選ぶことになりました。

50代になって慣れ親しんだ家を出るのは正直怖かったですが、自分の気持ちを殺し続けることはもう限界でした。

15年間続けてきた「仲の良い夫婦」のふりをやめたとき、ずっと張りつめていたものが、少しだけ軽くなった気がしました。

ようやく見つけた本当の自分

ひとり暮らしを始めてからは、驚くほど自然に笑えるようになりました。

たまに遊びにやってくる娘も、そんな私を見て「今のお母さんの方が好き」と笑ってくれます。
夫のところにも、時々顔を出しているようです。

これから先のことは分かりませんし、決して離婚を推奨するわけではありませんが、まずは自分が穏やかでいることが、家族にとっても大事だったのかもしれないと、今は感じています。

【体験者:50代・女性主婦、回答時期:2026年4月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。