筆者の体験談です。
母にプレゼントした手作りのコサージュが、思いがけない形で周囲に広がっていました。
戸惑いを感じた一方で、後になって見えてきた母の気持ちとは──。

配られた品

「お母さんからもらったの、すごく素敵だった」
そう声をかけられ、私は思わず「え?」と聞き返してしまいました。
何のことだろうかと心がざわつきます。

帰宅して話すと、母はあっけらかんと言いました。
「あのコサージュ、周りの人に配ったらすごく喜ばれたよ」

詳しく聞くと、私が作ったコサージュを母の知人たちへ配っていたというのです。
母のために作ったつもりだったのに……。
心を込め、時間をかけて作ったものが、知らないうちに他人へ渡っていたこと。私の思いが無視されたような寂しさを感じました。

母の気持ち

でも、時間がたつうちに、少しずつ見え方が変わっていきました。
母は、ただ人に配りたかったわけではなかったのかもしれません。
材料費まで払って私に頼み、周囲へ渡していたのは「娘が作ったもの」を誰かに見せたかったから。

そんなことを娘本人に伝えるのは、どこか照れくさかったのかもしれません。
母なりの、不器用でまっすぐな愛情表現だったのでしょう。

もちろん、自分の作品を大切に扱ってほしかった気持ちは今でも残っています。
それでも「うちの娘が作ったの」と誇らしそうに話している母の姿を想像すると、どこか照れくさいような、でもうれしい気持ちが残る出来事でした。

【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年5月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。