運動会でも発表会でも、いつも端っこでもじもじしている息子のことを、ずっと心配していました。引っ込み思案で友達も少ない。このままで大丈夫だろうかと気をもむ日々が続いていました。ところがある日、息子は私が知らない顔を見せてくれました。そのひと言が、私の「心配」をまるごとひっくり返しました。
息子の一言
K太は泣いている子の前にしゃがみ込み、その子の顔をじっと見てから、静かに言いました。
「謝りたいんでしょ。顔見てたらわかるよ」
その言葉に、泣いていた子がはっと顔を上げました。
もう一人の子もきょとんとしたあと、「……ごめん」と小さくつぶやきました。
あれだけざわついていた場が、あっという間に静かになりました。
帰り道、「どうしてわかったの?」と聞くと、K太は少し考えてからこう答えました。
「だって、あの子が謝りたかったの、顔見てたらわかったから」
心配していたのは私だけだった
息子の背中を見つめながら、私は胸がいっぱいになり、目頭が熱くなるのを止められませんでした。
積極的じゃない、前に出られない。そう思っていたのは私だけでした。
K太はずっと、自分のペースで人を見ていました。
発表会や運動会でいつも一拍遅れていたのは、不器用だからではなく、周囲の様子を誰よりも丁寧に、じっくりと観察していたから。
騒がしくしなくても、目立たなくても、誰よりもちゃんと周りを見ていたのです。
「引っ込み思案」だと心配していた息子が、誰も収められなかった場をたった一言で収めました。
それはK太が持って生まれた、K太なりの力。
余計な心配をしていてごめんね、と心の中でそっと謝りました。
【体験者:30代・女性・主婦、回答時期:2026年4月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:K.Matsubara
15年間、保育士として200組以上の親子と向き合ってきた経験を持つ専業主婦ライター。日々の連絡帳やお便りを通して培った、情景が浮かぶ文章を得意としている。
子育てや保育の現場で見てきたリアルな声、そして自身や友人知人の経験をもとに、同じように悩んだり感じたりする人々に寄り添う記事を執筆中。ママ友との関係や日々の暮らしに関するテーマも得意。読者に共感と小さなヒントを届けられるよう、心を込めて言葉を紡いでいる。