筆者の実体験です。待望の赤ちゃんを授かった頃、義実家で突然始まった「墓じまい」と「終活」。祝福されると思っていた私は、静かに傷ついていました。でも数年後、あの行動の本当の意味に気づきます。それは、私たちに迷惑をかけまいとした、不器用で深い愛でした。
祝福されると思っていたのに
「長男の嫁」として、お腹に跡取り息子を授かったとき、私は家族みんなに喜んでもらえると思っていました。
ところがその頃、義実家で始まったのは「墓じまい」と「終活」でした。
おめでたい時期に、なぜ。
「これから新しい家族が増えていくのに、どうして今、終わりの支度を始めるんだろう……」
「この子は、必要とされていないの?」
そんな切ない戸惑いが、じわじわと胸に広がっていました。悪気がないことはわかっていましたが、素直に受け止められない自分がいました。
数年後に聞いた、ママ友たちの嘆き
あれから数年が経ち、子どもが小学校に上がる頃、ママ友たちとの会話でふと聞いた言葉が引っかかりました。
「実家がゴミ屋敷になっていて、片付けが終わらない」
「お墓をどうするかで親戚中が揉めて、もう限界」
親の「これから」に追われ、自分たちの生活まで削られていく。そんな現実を、初めてリアルに想像しました。