土砂降りのなかで見た光景
ある日の夕方、土砂降りの雨のなか帰宅すると、隣の自転車もちょうど戻ってきたところでした。
持ち主は若い女性で、雨に打たれてレインコートはずぶ濡れ。
レインカバーがかけられた前後の座席には、幼い子どもが二人乗っていて、下の子は泣き叫び、上の子も不機嫌そうです。
前かごには大量の荷物、ハンドルにはパンパンの買い物袋まで下がっています。
彼女は泣く子をなだめながら、重い自転車を狭い区画に押し込み、片手で子どもを支え、もう片手でスタンドを立てようとしていました。
けれど車体はどうしても斜めになってしまう……。
その姿を見た瞬間、私の怒りはすっと消えました。
見えていなかった現実
彼女には、車体を真っ直ぐにする余裕など残っていなかったのです。
私は思わず自分の荷物をその場に置き、駆け寄りました。
「大変ですね、ちょっと支えますよ」
驚いたように、消え入りそうな声で何度もお礼を言う彼女を見て、子育ての先輩として励まし、労わりたくなりました。
背景を想像するということ
数日後、私の自転車のカゴに小さなお菓子とメモが入っていました。
「いつも斜めになっていて、本当にすみません。助けていただいて嬉しかったです」
ルールを守るのは大切です。
けれど、その裏にある誰かの必死な日常に、私は思いを馳せていませんでした。
正義感を振りかざす前に、まず相手の背景を想像すること。
そんな大切な温もりを思い出させてくれた出来事でした。
【体験者:50代・女性会社員、回答時期:2026年4月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。