今回は、友人Aに聞いた、帰省のやり取りで気づいた話です。
何気ない一言が、思いがけない受け取られ方をしていたかもしれなくて──。

断りの言葉

「今年は少し難しくて」
あるとき、息子夫婦からそう伝えられた瞬間、Aの手が止まりました。
申し訳なさそうに話す息子夫婦の声。

孫の学校行事や家庭の予定が増えていることは聞いていたものの、帰省に合わせて考えていた準備が、行き場をなくしたように感じたのです。
落胆する声で「仕方ないね。またの機会に帰省してね」と続けたものの、これまで何気なく続けてきた自分の言葉が、頭をよぎりました。
「楽しみ」にしていたのは自分だけで、彼らにとっては「義務」になっていたのではないか。
『自分が無意識に帰省を押しつけているのかもしれない』と。

言葉の変化

顔を見たいという気持ちは、今も変わりません。
ただ「いつ帰ってくるの?」と聞くこと自体が、無意識のうちに期待を押しつけていたのかもしれないと受け止めました。

それ以来、帰省の話題になると「無理しなくていいからね」と伝えるようにしました。
帰省の回数は減っても、電話やメッセージで近況をやり取りする時間が増え、以前とは違う形でつながりを感じるようになりました。

同じ思いでも、言葉の選び方ひとつで距離の取り方は変わる。
「会えること」だけをゴールにしない。
Aはそう感じながら、相手の都合を尊重する形へと少しずつ変えていったのです。

【体験者:50代・女性主婦、回答時期:2026年4月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。