心が冷め切ってしまった瞬間
半年ほど前、母の誕生日に、奮発して名入りの高級万年筆を贈りました。
いつか母がテレビで見て「こんな万年筆で手紙が書けたら素敵ねぇ」と漏らしていた憧れの品でした。
しかし、中身をちらりと見ただけの母は、一応「ありがとうね」と言ってはくれたものの、すぐに机の端に追いやり「あの子、連絡ないけど元気にしてるのかしら。あの子のセンスで選んだネクタイとか、一度見てみたいわね」と溜め息をついたのです。
その瞬間、頭の中で何かがプツンと切れる音がしました。
プレゼントを用意して届けた私よりも、電話すらかけてこない弟のほうが、母の心を占めているんだ……。
「喜んでくれるかな」とドキドキしながら選んだ万年筆が、急に無価値な物に見えてきました。
同時に、私の心からは一気に熱が引いていくのを感じたのです。
見てほしかったのは私
結局、私は母を喜ばせたかったのではなく、「私を見て、認めて」と叫び続けていただけなのかもしれません。
私のプレゼントには見向きもせず、弟のことを思う母の横顔を見ていると、その執着が静かに崩れ落ちていくのが分かりました。
「もう、お母さんの期待に応えるために、自分を削らなくてもいいんだ」
執着がほどけた瞬間
「もう、十分頑張ったよね」
私は、母や弟と心の距離を置くことを決意しました。
母からの関心を追い求めるのをやめた瞬間、ずっと背負っていた重いリュックを、ようやく道端に下ろせたような気がしました。
親に認められなくても、私は私でいい。
誰かに認めてもらうためではなく、自分が納得できる生き方を選ぶ。
そう思えたとき、ようやく少しだけ楽になれました。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2026年4月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。