言い出せない空気
でも、そのストーブの湯をもらうことすら「嫁の分際で」と思われるのが怖くて、気軽にお願いできる雰囲気ではありませんでした。
真冬の北海道の水道水は、刺すような冷たさです。
結局、私は「嫁としての役割」を果たそうと必死で、感覚がなくなるほどの冷水で毎日食器を洗い続けました。
遠慮の代償
今なら、あの時の自分にこう伝えたいです。
「遠慮は時として、自分をいたわる機会を奪ってしまう」ということを。
義母に悪意があったわけではなく、単に私が辛さを言葉にしなかったために伝わっていなかっただけなのかもしれません。
「言いにくい」からと黙り続けた結果、割を食ったのは冷えからくる激痛に悩まされた私の身体でした。
この件で学んだ事
言いたい事は言葉にしなければ伝わりません。
自分にとって必要な助けを求めることは甘えではないのです。
自分の望む状態を言葉にすることは、自分を守ることでもあります。
この経験を通じて、「遠慮」と「我慢」が必ずしも美徳ではないのだと学びました。
もし今、あなたが誰かに対して「言い出せずに我慢していること」があるなら、どうかあなた自身の心と体を一番に考えてあげてください。
あの凍てつくような冷たい水の感触は、今も私の手に残っています。
それは辛い記憶であると同時に、「自分を大切にすること」を忘れないための大切な教訓になりました。
【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年4月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢佑菜
管理栄養士の資格を持つ、2人の自閉症男子のママ。自身の育児環境の変化をきっかけに、ライター活動をスタート。食と健康を軸に、ライフスタイル全般のコラムを得意とし、実体験に基づいたリアルな記事を執筆中。専門的な情報を「わかりやすく、すぐに日常に取り入れられる形」で伝えることが信条。読者の「知りたい」に寄り添い、暮らしを整えるヒントを発信しつづけている。