幼い頃、母からの心ない言葉に傷つき、「愛されていないのでは」と感じながら育ったA子さん。
一方で、愛情深く接してくれることもある母に、戸惑いを覚えていました。
大人になってから知った母の過酷な環境、そして自分自身が余裕を失ったときに見えてきた母との<共通点>。
過去の記憶と向き合う中で、親もまた一人の人間だと気づいたとき、長年抱えていた思いが少しずつ変わっていったそうです――。

私も、あの頃の母のよう

そんな私も社会に出て働くようになり、気づくことがありました。

余裕がないとき、自分でも驚くほど、周りにきつい言い方をしてしまう。
付き合っている優しい彼に対しても、容赦なくイライラをぶつけてしまう私は、まるであの頃の母のようでした。

――母は、追い詰められていたんだ。もう、ギリギリだったんだ。

人には、さまざまな顔がある

もちろん、あのときの言葉をすべて許せるわけではありません。
傷ついた記憶が消えることもありません。

それでも、母は母なりに、必死に生きて、私を育ててくれていたんだと思えるようになりました。

彼も私に対してそのように思ってくれているし、その優しい彼だって、別の一面を持っていることを私は知っています。

人には、さまざまな一面がある。
目に見えている姿だけが、その人のすべてではないのです。

親もまた、一人の人間。
最近、長年抱えていた心のわだかまりが、少しほどけた気がします。

どうあれ、母と私の間に愛情があったのはたしかでした。

過去のすべてを消すことはできなくても、向き合い、少しずつ清算していくことはできるのかもしれません。
これからは、できるだけ母と向き合い、自分なりのやり方で、親孝行をしていけたらと思っています。

【体験者:40代女性・会社員、回答時期:2026年4月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:大城サラ
イベント・集客・運営コンサル、ライター事業のフリーランスとして活動後、事業会社を設立。現在も会社経営者兼ライターとして活動中。事業を起こし、経営に取り組む経験から女性リーダーの悩みに寄り添ったり、恋愛や結婚に悩める多くの女性の相談に乗ってきたため、読者が前向きになれるような記事を届けることがモットー。