残酷すぎる「本音」
ある日、返却する容器を持ってお隣さんを訪ねたときのこと。
玄関先で、お隣さんと別の近所の方がおしゃべりしている声が聞こえてきました。
盗み聞きするつもりはなかったのですが、ふと我が家のことが耳に入り、つい隠れるようにして立ち止まってしまったのです。
「うちは生ゴミが全然出なくて楽なのよ。余ったら全部お隣さんが処理してくれるから。生ゴミはあの家に持ってくといいわよ! あそこの子たち、本当によく食べてくれるの(笑)」
処理? 生ゴミ?
親切だと思っていた行為は、ただの“処分”……。笑顔の裏で私たち家族を馬鹿にした発言をするお隣さんに、ぞっとする感覚が背筋を走りました。
静かに引いた境界線
怒りに任せて言い返せば、これからの近所付き合いに影を落とします。
でも、我が家を「都合のいいゴミ箱」だと思っている人から何かを受け取るなんて、もうできる気がしませんでした。
私は考えた末、笑顔のまま境界線を引くことにしました。
次にお隣さんが料理を持ってきたとき、はっきりと告げたのです。
「最近、胃腸を壊してしまって、お医者様から『他人の作ったものは控えるように』と言われているんです。せっかくですが、これからはご自身で処理なさってください」
「処理」という言葉をあえて選んだとき、何かを察したのか、彼女の顔が一瞬凍りつきました。
自分の本音がこちらに透けて見えたことに気づいたのかもしれません。
それ以降、お裾分けはなくなりました。
相手を変えるより、適切な境界線を引いて自分や家族を守ること。
穏やかに、でもはっきりと伝える大切さを学んだ出来事でした。
【体験者:30代・女性主婦、回答時期:2026年3月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。