「やらせたい」は大人のエゴ
そんな反省から、口出しを一切やめて数年。
最近、小学4年生になった孫が突然、「海外のゲーム実況者と喋りたいから英語を習いたい!」と言い出しました。
驚いたのはその後の上達スピードです。
自分で見つけた「好き」という動機は、どんな英才教育よりも強力でした。
「自分から始めた学びなら、こんなにも吸収が早く、成長できるものなのね……」
その事実に、私は言葉を失いました。
私の「早くやらせなきゃ」という焦りが、実は孫の自発的な芽を摘んでしまっていたのかもしれません。
信じて待つ、という役割
孫は、半年後には簡単な会話ができるようにまでなっていました。
最近では、私に「おばあちゃん、これって英語でどうやって言えばいい?」と聞いてくることも。
海外の人にも物怖じせず、果敢に会話しようとする孫の生き生きとした様子には、目を見張るものがあります。
興味がない時期に無理強いをしても、それは本当の学びには繋がりません。
本人のタイミングを信じて待つ忍耐強さは、少し離れた場所にいる祖父母だからこそ発揮できる愛情の形なのかもしれないと、今は思います。
「教える」よりも「一緒に喜ぶ」
先走ってしまった自分を恥じると同時に、孫が自ら情熱の火を灯した瞬間に立ち会えたことが、嬉しくてたまりません。
今、私は孫の「できた!」を一緒に喜ぶ1番のサポーターになろうと心掛けています。
英語の知識をひけらかすのではなく、孫が楽しそうに話す姿を温かく見守る。
お節介な「先生役」を卒業したことで、孫との距離は驚くほど近くなりました。
親でも先生でもない私にしかできない役割を、これからも大切に、一歩引いた場所から探していきたいと思っています。
【体験者:60代・女性主婦、回答時期:2026年4月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。