皆さんは、「自分が守っている」と思っていた相手に、実は守られていたと気づいた経験はありますか。余裕がなくなると、大人は「大丈夫なフリ」をしてしまうものです。そして、その変化にいちばん敏感なのは、いつも一番近くにいる存在かもしれません。
今回は、筆者である私が2歳の子どもとの何気ない日常の中で気づかされた、忘れられない出来事をお話しします。

その瞬間、私ははっとしました。
職場からのメッセージに気を取られ、沈んだ表情で携帯を見つめる私を、子どもは心配していたのです。

「ママは今、どんな顔をしているんだろう」

そう確認しに来ていたのだと気づいた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられました。

親なのに、守られていた

私は、こんな小さな子に気を遣わせていたことが、悔しくて、情けなくて、それでも愛おしくて、思わず泣きながら子どもを抱きしめました。

「この子の前で、これ以上自分を犠牲にするのはやめよう」

この時に決意し、思い切って仕事を辞めたのです。

すると、不思議なほど体調は回復し、子どもの笑顔も少しずつ増えていきました。

今では「もうママは大丈夫」と言わんばかりに、やんちゃに走り回る子どもを追いかける毎日です。

私はずっと、子どもを守っているつもりでいました。

でも本当は違いました。

私の心が壊れないように、いちばん近くで気づき、そっと様子を見てくれていたのは、まだ小さな子どもだったのです。

あの時、何度も肩越しに覗き込んできたことを思い出すたび、胸が締めつけられます。

だからこそ今は、この子の前では「大丈夫なフリ」をするのではなく、ちゃんと笑っていられる自分でいたいと思っています。

守るつもりだった存在に、気づけば守られていた——その事実や感謝の気持ちを、私はこれからも忘れずに生きていきたいです。

【体験者:30代・筆者、回答時期:2026年3月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Anne.R
看護師として9年間、多くの人生に寄り添う中で「一人ひとりの物語を丁寧に伝えたい」とライターの道へ。自身の家づくりやご近所トラブルの実体験に加え、現在は周囲へのインタビューを通じ、人間関係やキャリアなど女性の日常に寄り添った情報を発信している。