皆さんは、「自分が守っている」と思っていた相手に、実は守られていたと気づいた経験はありますか。余裕がなくなると、大人は「大丈夫なフリ」をしてしまうものです。そして、その変化にいちばん敏感なのは、いつも一番近くにいる存在かもしれません。
今回は、筆者である私が2歳の子どもとの何気ない日常の中で気づかされた、忘れられない出来事をお話しします。
今回は、筆者である私が2歳の子どもとの何気ない日常の中で気づかされた、忘れられない出来事をお話しします。
追い込まれていた私
私には、子どもが1人います。子どもが2歳の頃、私は看護師として働いていました。
しかし、入職当初から前職の院長による執拗な叱責や、その都度変わる指示、嫌がらせに振り回される日々。
患者さんの安全を第一に考えながらも、常に神経をすり減らしていました。
気づけば体重は減り、鏡に映る自分の顔はやつれていき、気力も少しずつ失われていきました。
それでも、「子どもには心配をかけたくない」
そう思い、毎日笑顔を作って過ごしていました。
休職中に起きた、子どもの不思議な行動
幸い、スタッフには恵まれて仕事を続けることができていました。しかし、ある出来事をきっかけに数名のスタッフが退職したことで重労働となり、私は体調を崩して休職することになりました。
休職中も、職場からはSNSを通じて嫌がらせのメールや退職勧奨の連絡が届き、携帯電話とにらめっこする日々。行政にも相談に行くなどして対応に追われ、精神をすり減らしていました。
そんな中でも、子どもはわがままを言うこともなく、静かに横に座って一緒に過ごしてくれていました。
そんなある日、ぼーっとしていると、子どもが真後ろから、肩越しに私の顔を覗き込んできたのです。
「どうしたん?」
そう声をかけると、ニコッと笑って走り去る。
それが一度ではなく、何度も繰り返されるようになりました。
気づいてしまった“理由”
不思議に思い、子どもの様子をよく観察してみると、遠くから私の顔をじっと見つめ、目が合うと安心したように笑うのです。
携帯を見て俯いていると、また肩越しに顔を覗き込んでくる。