筆者の話です。
帰省中の食卓で、当たり前だと思っていた光景にふと手が止まりました。
その違和感の先に見えたものとは──。

キッチンに運び、水を流しながらふとリビングを見ると、夫と息子はテレビに目を向けたまま席を離れています。
「ごちそうさま」と声がかけられることもなく、そのままソファに腰を下ろし、くつろぐ様子でした。

気づけば「ごちそうさま」と声をかけて食器を流しへ運んでいるのは、孫とお嫁さんと私だけ。
何度も繰り返されてきた光景のように、違和感がありながらも手は止まりませんでした。

重なる気づき

片付けをしながら、私は思わず尋ねました。
「息子は家でもあんな感じ?」
お嫁さんは少し苦笑しながら「はい、子どもと伝えてはいますけれど、あんな感じです」と答えました。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が静かに引っかかります。

これまでの暮らしの中で、夫や息子が何もせず席を立つことが当たり前になっていたのは、自分の行動の積み重ねでもあったのだと、はっきりと気づいたのです。
隣で静かに手を動かしているお嫁さんの姿が、これまでとは違って見えました。

見直す日々

当たり前に続けてきた行動が、誰かの負担になっていたのかもしれません。
これまでの積み重ねが、今の光景をつくっていたのだと受け止めました。

すぐに何かを大きく変えることは難しいかもしれません。
それでも、これからの関わり方は変えていけるはずです。

少しずつでも声をかけたり、家族で分担したりしながら、当たり前を見直していきたい。
そう思った出来事でした。

【体験者:50代・女性主婦、回答時期:2026年4月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。