使わなくなった子どもの制服を譲ったあと、やり取りの中で思いがけず気持ちが揺れる場面がありました。今回は、筆者がママ友とのやり取りを通して、自分の基準を見直したお話です。

何に引っかかっていたのか

家に帰ってから、そのやり取りを思い返しました。

もちろん相手は、悪いことを言っているわけではありません。ただ、私は自分の中にある”一線”の存在に気づいたのです。そのラインを越えられたと感じたからこそ、引っかかりが残ったのでしょう。

(私は、どこまでなら渡したいんだろう)

そう考えたとき、自分の基準が曖昧だったことにも気づきました。

言い方を少し変えてみる

それ以来、誰かに何かを譲るときは、最初に一言付け加えるようにしています。
「これだけだけど、よかったら」と、譲る物を限定してしまうのです。

そうすることで、自分の中でも区切りがつき、相手とのやり取りもスムーズになりました。

今回のことを通して気づいたのは、相手の言葉そのものへの違和感よりも、自分がどこに線を引いているかということでした。

同じ出来事でも、受け取り方は人それぞれです。
だからこそ、自分の基準を持っておくことが、無理のない関係につながるのかもしれません。

小さなやり取りの中で見えたその感覚を、これからも大切にしていきたいと思っています。

【体験者:40代・筆者、回答時期:2026年4月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:大空琉菜
受付職を経て、出産を機に「子どもをそばで見守りながら働ける仕事」を模索しライターに転身。 暮らしや思考の整理に関するKindle書籍を4冊出版し、Amazon新着ランキング累計21部門で1位に輝く実績を持つ。 取材や自身の経験をもとに、読者に「自分にもできそう」と前向きになれる記事を執筆。 得意分野は、片づけ、ライフスタイル、子育て、メンタルケアなど。Xでも情報発信中。