筆者の話です。
弟のためにしてきたことを、どこか誇らしく思っていました。
けれどある一言で、その記憶の見え方が変わって――。
弟のためにしてきたことを、どこか誇らしく思っていました。
けれどある一言で、その記憶の見え方が変わって――。
返された言葉
大人になってからも、その話を昔話として何度か口にしていました。
私の中では、姉弟の絆を確認する「いい話」のつもりだったのです。
ある日、同じように話したときのことです。
「それ、何回も言われると嫌なんだけど」
弟のその一言に、言葉が止まりました。
当たり前のように話していたことが、違う形で伝わっていたことに気づいたのです。
あの頃はただ家族としてやっていたことでした。
誰かに評価されるためではなく、必要だから動いていただけだったはずです。
それなのに、いつの間にか「してあげたこと」として話して無意識に弟よりも優位に立とうとしていた自分がいました。恩着せがましい言葉で、彼の子供時代の自尊心を傷つけていたのかもしれません。
見え方の変化
言葉にすることで意味が変わってしまうことがあります。
本当はそのまま大切にしておけばよかった思い出を、自分のひと言で少し違うものにしてしまっていました。
あの頃は、ただ家族としてやっていただけのこと。
美しい思い出は、心の中にあるからこそ、そのままでいられるのかもしれません。
それを言葉にしてしまったことで、自分で意味を変えてしまっていたのだと感じた出来事です。
【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年4月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。