友人が気づかせてくれた「言葉の刃」
ある日、長年の友人に「あなたが自分のことをそんなに悪く言うのは、あなたの良さを認めて友達でいたいと思っている私の『見る目』を疑っているのと同じだよ」と言われ、驚きました。
良かれと思って口にしていた卑下する言葉が、実は私の良さを認めてくれている周囲の人たちまでも、間接的に否定していたということに気づかされたのです。
一番の味方であるべき自分自身を、毎日言葉で傷つけていた事実にハッとして、目の前の景色が急に開けたような感覚でした。
言い換える勇気
もちろん、控えめな姿勢も大切です。
ただ、「私なんて」という呪縛を少し緩めて、少し視点を変えてみる……そんな考え方も、自分を楽にするひとつの選択肢ではないでしょうか。
いきなり自信満々に振る舞うのは無理があります。
だからこそ私は、まず言葉を言い換えることから始めました。
例えば「私なんて……」と言いそうになったら、「私にしては、よくやった方だ」と言い換えてみる。ほんの少しだけ肯定のニュアンスを混ぜてみるのです。
言葉には不思議な力が宿ります。
それだけのことでも、心の重荷が少しずつ軽くなっていくのを感じました。
周りへの誠実さ
自分を大切にすることは巡り巡って、自分を大切に思ってくれる周囲の人を尊重することにも繋がります。
そのシンプルな構造に気づくまで、ずいぶんと遠回りをしてしまいました。
相変わらず自信が持てない日もありますが、自分を傷つける言葉を使わないだけで、心の景色は随分変わりました。
友人にも、最近は「なんだか表情が明るくなったね!」と言われます。
小さな変化の積み重ねが、今の私を支えてくれているのでしょう。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2026年3月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。