小6の娘とふらりと立ち寄った、かつて毎日のように通い詰めた公園。幼い年子兄弟を連れ、必死な面持ちで立ち尽くすお母さんに、必死だった自分を思い出して……? 友人が体験談を語ってくれました。
年子育児の過酷さ
「どうもすみません」と恐縮するお母さんに、私は「何歳ですか?」と聞きました。
すると、「2歳と1歳です」と言うではありませんか。
私が、「年子ですか! うちも年子なんです。大変ですよね」と声をかけると、「もう、記憶が全くないくらいです」と苦笑いするお母さん。
その言葉に、私は深く同意しました。
私も、怒涛の年子育児の中、目の前の命を守ることに必死で、当時の記憶が抜け落ちるほどだったからです。
あの日必死だった私を思い出して
私がお母さんと雑談を交わす傍らで、娘は男の子2人の遊び相手をしていました。
娘が持った枝を欲しがって兄弟喧嘩が始まれば、娘は慌てずにもう1本の枝を探して差し出します。
娘は作った山を壊されても、「ありゃあ」と笑っていました。
かつては自分たちが遊んでいた場所で、今は見守る側として振る舞う娘に、私は成長を感じずにはいられませんでした。
砂場を去るとき、お母さんに「頑張ってくださいね」とエールを送りました。
必死すぎて記憶から消えてしまうほど大変な今も、いつかこうして、穏やかな砂場で笑い合える思い出に変わる日が必ず来ます。
夕暮れの公園で、時間の流れの早さを噛みしめた出来事でした。
【体験者:40代・女性パート、回答時期:2026年3月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:Yuki Unagi
フリーペーパーの編集として約10年活躍。出産を機に退職した後、子どもの手が離れたのをきっかけに、在宅webライターとして活動をスタート。自分自身の体験や友人知人へのインタビューを行い、大人の女性向けサイトを中心に、得意とする家族関係のコラムを執筆している。