筆者の話です。
危篤だと聞いたいとこに「明日行くね」と伝えた日のこと。
その数時間後に届いた知らせに、私は言葉を失いました。
危篤だと聞いたいとこに「明日行くね」と伝えた日のこと。
その数時間後に届いた知らせに、私は言葉を失いました。
明日行くね
「明日行くね」
知人から、同級生であるいとこが危篤だと聞きました。
親類からは何の連絡もなかったので、半信半疑ながら娘さんに連絡を取ると「今は会えるから来てやって」と言われます。
ただ、知らせを聞いて午後にお見舞いに行った親類から「落ち着いていたよ」との連絡をもらいました。
電話越しの声もどこか穏やかで、今すぐ駆けつけなければならないほどの緊迫した様子は感じられません。
そのため私は「明日行くね」と伝え、その日は予定通り過ごすことにしました。
その日の判断
急いだ方がいいのか、それとも明日でも間に合うのか。
頭の中で何度か考えながらも「今は大丈夫そう」という言葉に気持ちが傾いていきました。
外はいつも通りの景色で、特別な変化は何もありません。
普段と変わらない時間が流れていきます。
それでも、ふとした瞬間に「本当に明日でよかったのだろうか」という思いがよぎりました。
けれどその違和感に、はっきりと向き合うことはしませんでした。