意外な提案
しばらくの沈黙のあと、行政書士は顔を上げ、私に向かってこう言い放ちました。
「いや、これ無理だと思いますよ。旦那さんとは早めに離婚した方がいいです」
「はい?」
私は一瞬、耳を疑いました。頭の中で、今聞いた言葉を反芻しました。私は相続の相談に来たはずです。後見人の準備をしたいと伝え、子どもたちの将来を守るための法的な備えを整えたいと話しました。
それに対して返ってきた答えが「夫と離婚した方がいい」と言う思いもよらない言葉でした。
おそらく法的な手続きを簡略化し、リスクを切り離すための「最短ルート」としての提案だったのでしょう。しかし、それは私たちの家族の形を否定する発言でもありました。
私はしばらく呆然としていましたが、ゆっくりと思っていることを口にしました。
「離婚するかどうかは、私が決めることだと思うのですが。今日、私がお聞きしたいのは、現状でどのような法的な備えができるか、ということです。それについてはご対応頂けますか?」
行政書士は少したじろいだ様子を見せました。
「いや、でもこのケースは非常に複雑で……」と言いかける彼に、私は重ねました。
「複雑であることは承知しています。だからこそ専門家にお願いしたいと思ってここに来ました。もし対応が難しいのであれば、それはそれで構いません。ただ、離婚を勧めるのは今日の相談の範囲外かと思います」
境界線を引いた先に
行政書士はしばらく黙っていました。
やがて「そうですね、失礼しました。では、まずできる事を提案しますね」と言って遺言書についての資料を取り出しました。
その後の相談は、専門的な内容に切り替わり、いくつかの選択肢を提示してもらうことができました。事務所を出るとき、私の足取りは来た時よりも少しだけ軽くなりました。
この経験を通じて、専門家であっても、全てを委ねるべきではないという事を学びました。
彼らはその分野の知識を持っていますが、私の人生や家族のあり方を決める権限はないのです。
「離婚した方がいい」という提案は、確かに法的に最もシンプルな解決策だったかもしれませんが、それは私が求めていた答えではありません。
特に複雑な問題を抱えているときほど、誰かに頼りたくなるものです。
でも、専門家はあくまで選択肢を提示する存在に過ぎず、最終的な決断は自分自身がするものなのだと、この経験で強く認識しました。
また、はっきりと自分の意見を伝える大切さも学びました。
障害のある子どもを育てる中で、周囲からの意見や助言に流されそうになることは何度もありますが、家族の未来を決めるのは他の誰でもない、私たち自身です。そうした境界線を引けるようになったことが、この相談で得た最大の収穫でした。
【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年3月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢佑菜
管理栄養士の資格を持つ、2人の自閉症男子のママ。自身の育児環境の変化をきっかけに、ライター活動をスタート。食と健康を軸に、ライフスタイル全般のコラムを得意とし、実体験に基づいたリアルな記事を執筆中。専門的な情報を「わかりやすく、すぐに日常に取り入れられる形」で伝えることが信条。読者の「知りたい」に寄り添い、暮らしを整えるヒントを発信しつづけている。