筆者の話です。
泊まりに来る父との、短い外食の時間。
当たり前のように過ごしていたそのひと時に、今になって気づいたことがありました。
泊まりに来る父との、短い外食の時間。
当たり前のように過ごしていたそのひと時に、今になって気づいたことがありました。
下見の日々
「ここどうかな」
休日には、父が喜びそうなお店を、夫と二人で下見に行くこともありました。
夫の同僚から聞いたおすすめの店に、試食もかねて足を運ぶこともあります。
実際に父を連れて行くと、父はうれしそうに料理を見て、ゆっくりと味わっていました。
「うまいな」とつぶやく声に、思わず顔を見合わせることも。
その姿を見ると、また次もどこか探そうと思う。
そんな時間が、いつの間にか当たり前のように続いていました。
けれど、そのときは気づいていなかったのです。
思い出に
今思い返すと、あの時間は当たり前ではありませんでした。
短い滞在の中で交わした「今日は何食べる?」のひと言。
父がわざわざ時間をつくってくれていたことに、あのときの私は気づいていませんでした。
何を食べたかよりも、誰と過ごしたか。
あのとき私は、食事を選んでいるつもりで、父との時間を選んでもらっていたのかもしれません。
外食のひと時は、今では心に残る大切な思い出です。
あの時間があったからこそ、今も温かい気持ちで思い出せるのだと思います。
【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年3月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。