子どもの進路を前にすると、親はつい「心配」が先に立ってしまうものです。今回は、学生時代の姉の進路選択をめぐる母とのやり取りを通して、家族の愛情について感じたことをつづっています。
20年後に聞いた本音
先日姉と話していたとき、ふと当時の話になりました。「結構、反対されてたよね?」と私が言うと、姉は笑いながらこう言いました。
「うん。でもね、あのときお母さんは、心配だっただけだと思うよ」
確かに、親として夢を否定したかったわけではありません。ただ、娘が苦労するかもしれない未来を想像して、怖くなったのだと思います。
母の心配は、愛情だった
親はどうしても、うまくいかなかった場合を先に考えます。最悪の事態を想定し、それを避けようとします。
でも未来は、やってみなければ分からないものです。
姉が教師として歩んだ20年を見ていると、あのときの母の心配も、姉の覚悟も、どちらも間違いではなかったのだと感じます。
心配することも、応援することも、どちらも愛情の形。あのときのやり取りがあったからこそ、今の姉の姿があるのかもしれません。
そう思うと、あの時の「倍率20倍よ」という言葉さえ、少しあたたかく感じられるのです。
【体験者:40代・筆者、回答時期:2026年3月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:大空琉菜
受付職を経て、出産を機に「子どもをそばで見守りながら働ける仕事」を模索しライターに転身。 暮らしや思考の整理に関するKindle書籍を4冊出版し、Amazon新着ランキング累計21部門で1位に輝く実績を持つ。 取材や自身の経験をもとに、読者に「自分にもできそう」と前向きになれる記事を執筆。 得意分野は、片づけ、ライフスタイル、子育て、メンタルケアなど。Xでも情報発信中。