産後2ヶ月、帝王切開の傷も癒えない中、私は突然の激痛に襲われ、自宅のトイレで倒れ込んでしまいました。目の前が真っ白になり、意識が遠のいていく中で「このままでは死んでしまう」と直感し、必死の思いでスマホを手に取ったのです。しかし、そばにいたはずの夫は、ただパニックになってオロオロと立ち尽くすばかりでした。事態の重さを理解できず、何をしていいのかすら分からなくなっていたのです。
たった一人に「命運」を託していた危うさ
診断の結果は、極度の疲労とストレスなども要因となった腸閉塞寸前の状態でした。
あの時感じたのは、頼りにならない夫への激しい怒りというよりも、「たった一人のパートナーにすべての命運を託していた自分自身の危うさ」でした。
私たちは「夫婦なのだから、緊急時も二人で支え合える」と無意識に信じています。しかし、想像を絶する緊急事態において、人間が必ずしも冷静でいられるとは限りません。夫がパニックを起こすことは当時の彼にとっても限界だったのかもしれません。それを決して「悪」と断ずるのではなく、その事実に備えていなかった私こそが、一番無防備だったのだと気づかされました。
育児の「孤独」を救う、複数のセーフティネット
この経験が教えてくれたのは、パートナーという「唯一の支え」に全幅の信頼を寄せることの危険性と、複数の助けを求められる先を持つことの重要性でした。そして、地域や社会の中に自分たちの生活を「開いておく」ことの大切さです。
夫というパートナーを否定するのではなく、彼一人にすべてを背負わせないこと。複数のセーフティネットを張り巡らせることこそが、自分と赤ちゃん、そして家族の命を守るための確かな安心材料になるのだと、深く感じた出来事でした。
【体験者:40代・筆者、回答時期:2026年3月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:森奈津子
海外生活や離婚、社会人での大学再入学など、多彩な経歴を持つライター。現在は幼稚園教諭として保護者の悩みに寄り添うほか、日々の人付き合いの中から生まれるリアルな本音に耳を傾け、多様な価値観に触れてきた独自の視点でそれらを記事にしている。