それどころか、私に聞いてもらえないと感じたのか、今度は私の実家の母にまで電話をかけ、同じ内容を話し始めたのです。母も最初は同情していましたが、次第に対応に困り、私に相談してくるようになりました。
義家族まで自分の感情の「捌け口」にしようとする彼の姿に、私は愕然としました。悪気はないのでしょう。でも、それは明らかに一線を越えていました。
薄れた愛情
「離婚」という結末に至ったのは、もちろん、この夫の愚痴だけが原因ではありません。けれど、毎晩繰り返された言葉の重なりが、二人の間の空気をじわじわと変えていったのは確かです。
愛情は、ある日突然消えるものではありません。日々の小さな消耗の中で、砂がこぼれ落ちるように静かに薄れていくものなのだと、私はこの結婚生活で学びました。
愚痴をこぼすこと自体は、悪いことではありません。でも、その「はけ口」を特定の誰か一人に固定し、依存し続けることは、相手にとって耐えがたい負担の蓄積になります。
彼に足りなかったのは、不満や悔しさを自分の中で整理し、消化する力でした。
誰かに話して一時的にスッキリしても、根本にある感情を自分で処理できなければ、また同じ愚痴が生まれます。それは本人にとっても、周囲にとっても、何の解決にもならないのです。
優しさと、感情を自分で抱える力は別のものです。誰かの優しさに甘えることと、依存することは似ている様でも全く違います。
良い関係を長く続けるためには、相手への信頼と同時に、自分自身の感情と向き合う誠実さが必要なのだと思います。
【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年3月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢佑菜
管理栄養士の資格を持つ、2人の自閉症男子のママ。自身の育児環境の変化をきっかけに、ライター活動をスタート。食と健康を軸に、ライフスタイル全般のコラムを得意とし、実体験に基づいたリアルな記事を執筆中。専門的な情報を「わかりやすく、すぐに日常に取り入れられる形」で伝えることが信条。読者の「知りたい」に寄り添い、暮らしを整えるヒントを発信しつづけている。