筆者の友人Aの話です。
義父の相続手続きが終わり、ようやく落ち着いたと思っていました。
しかしその頃から、義実家に来ていた人たちがぱたりと来なくなってしまったそうです。

月命日

ある日、Aはカレンダーを見て気づきました。
「今日は月命日だね」
帰宅した夫にそう声をかけると、夫は少し考えてから
「そう言えばそうだったね」
と思い出したように答えました。

Aは仏壇の前に座り、静かに手を合わせます。
線香の煙がゆっくりと上がるのを見ながら、ふと思いました。
義父の命日を覚えているのは、今では自分だけかもしれない。

相続の話が続いていた頃は、何度も人が集まっていた家です。
書類の確認をしながら、義父の思い出を口にする時間もありました。
それなのに、話が終わった途端、誰も訪ねてこなくなったのです。

残るもの

それぞれの家庭には事情があります。
仕事や子育てで忙しいのかもしれません。
あるいは、相続という大きな節目を終えて、それぞれが自分の日常を必死に生きている証拠なのかもしれません。

義母は何も言いません。
ただ、仏壇の前で静かに笑っています。
でも、Aの胸の奥には、小さなざわつきが残っていました。

お金で区切りがつくものと、つかないものがあるのかもしれません。
「お義父さん、今日もお花を替えましたよ」
Aは今日も、義父の写真の前で手を合わせます。
それぞれの心の中にも、きっと義父を思う気持ちがあると信じながら。

【体験者:50代・女性主婦、回答時期:2026年3月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。