やっと気付いたこと
やがて娘は中学生になり、反抗期を迎えました。
挨拶さえ交わさず、自室に閉じこもる日々。
かつてあんなに騒がしかったリビングに流れる重苦しい静寂の中で、私はようやく自分の大失敗に気が付きました。
あの頃の娘が欲しかったのは、ピカピカの床でも手の込んだ食事でもなく、「可愛い絵だね!」「がんばって描いたんだね」という共感だったのだと。
そのたった一言こそが、母娘の絆を繋ぎ止める何よりの栄養だったのだと、今になってようやく分かったのです。
あの日の自分に伝えたいこと
もしもタイムマシンがあるなら、あの日の自分の背中を叩きに行きたい。
「その皿洗いは明日でいいから、今すぐ娘の隣に座って、一緒に絵を眺めて!」と。
効率や正解を求めるあまり、子どもの心を後回しにしてきたツケ。
それが今、娘の部屋の固く閉ざされたドアの向こうから、冷たい沈黙となって返ってきている気がします。
信頼とは特別なイベントで作るものではない。
日々の些細な「ママ見て!」に応える、気の遠くなるような積み重ねでしか育たないものだったのです。
凍てついた冬を越え
失った時間は戻りませんが、私は今、反抗期の娘との関係を少しずつ、不器用ながらも修復しようとしています。
どんなに忙しくても、娘の小さな変化を見逃さないように。
何か話してくれそうなときは、手を止めて娘のそばまで行き、真剣に耳を傾けることにしています。
時には、心のシャッターを下ろした娘に拒絶される日もありますが、それでも後悔を糧に、「いつでも見てるよ」「あなたのことが一番大切だよ」というサインを、今日も送り続けます。
いつかきっと、長い冬が明けることを信じて。
【体験者:40代・女性主婦、回答時期:2026年2月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。