一番の味方だった母から反対されたA子は、その後どうなったのでしょうか。
幸せから急降下の結婚生活
夢見ていた結婚生活でしたが、穏やかな時間はわずかなものでした。
結婚後、一緒に暮らし始めると夫の態度は急変。
家事は折半しようと言っていたのに、ほぼすべて私。
料理を作っても「味が薄い」「料理教室に通ったら?」など、毎日のように文句を言われます。あまつさえ、生活費の負担分を勝手に減らして自分の趣味に使う始末。
自分の機嫌が悪くなると、外出先でも私を置いて一人でどこかへ行ってしまったり、数日無視されたり。家事はやらないのに「もっと効率的に」「そんなに時間がかかるなんて」とダメ出しをすることも。
そんな毎日に限界が来た私は、夫に離婚を申し出ました。あんなに好きで、優しい彼だったのに、どうして真逆の結婚生活になってしまったのか、悲しい気持ちでいっぱいです。
そして、ボロボロになった私は実家に帰ることに……。
彼の本性を見抜いていた母
結婚を反対していた母でしたが、離婚した私が帰ると「つらかったね」「よく耐えたよ」と温かく受け入れてくれました。
実は、母が私の結婚を反対したのには理由があったそうです。
「最初に会ったとき、あなたを見る目が優しくなかった」
「顔合わせのときも二人の話ではなくて、自分の話ばかりだったでしょう」
「結婚生活について聞いたら、理想が高すぎると思ったの」
母は、彼が私を「対等なパートナー」としてではなく「自分の理想を叶えるための道具」として見ているという違和感を、鋭く察知していたのです。それでも娘の好きな相手だからと目をつぶったものの、もっと反対すれば傷つかなくてすんだのに……母はそう自分を責めていました。
最終的に結婚を決めるのは自分ですが、もっと周囲の声に耳を傾けるべきだったと反省。そして、母の言葉の重み、愛情の深さを改めて実感したエピソードでした。
【回答者:30代・女性会社員、回答時期:2025年12月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:清水マキ
育児を機にキャリアを転換し、独学からライター講座の添削講師まで登り詰めた実力派。PTAやスポ少での積極的な交流から、ママたちの「ここだけの話」を日々リサーチ。金融記事も手がける確かな知性と、育児に奮闘する親としての等身大な目線を掛け合わせ、大人女性のライフスタイルから切実な悩みまでを鋭く、温かく描き出す。