筆者の話です。
帰省前、軽い気持ちで「巻きずし食べたいな」と母に伝えました。
その一言の向こうにあったものを、私は想像していなかったのです。
帰省前、軽い気持ちで「巻きずし食べたいな」と母に伝えました。
その一言の向こうにあったものを、私は想像していなかったのです。
七輪の煙
帰省すると、玄関先に七輪が出ていました。
ぱちぱちと炭がはぜ、細い煙が空へ上がっています。
父は火を落とそうと炭を調節していました。
少しかがんだ背中がゆっくりとこちらを向きます。
「アナゴをあぶったんよ」
と七輪の意味を教えてくれました。それは、私がリクエストした巻きずしに欠かせない具材でした。
私は帰省前「次に帰ったらお母さんの巻きずしが食べたいな」と軽い気持ちで言いました。
自分では小さなわがままのつもりだったのです。
台所の手
玄関を上がると、台所では母と母の友人が並んで巻きずしを作っていました。
酢飯を広げ、具材を整え、巻きすをきゅっと締める。
「巻くのは結構力がいるんよ」
笑いながら言われ、私は母の手元を見ます。
指先は赤くなっていました。
甘く煮たかんぴょうや、何度も返して焼いた卵焼き。
具材の仕込みも一つひとつ手間がかかります。
近くのスーパーにしか行けない母は、親戚に頼んで大型店で食材をそろえていたと聞きました。
玄関では父が炭の様子を見ながら、香ばしくアナゴを焼き上げている。
私は、何気なく言ったあの一言を思い出しました。