葬儀の場で、姉は親戚たちにこう言いました。
「伯母さんは私のことをとても可愛がってくれて、『養女にしたい』とずっと言っていたの。遺産は私がもらうべきよね」
親戚たちは、顔を見合わせました。
「でも、遺言書には…...」
「遺言書? そんなの関係ないわ。私が一番伯母さんと仲良かったんだから」
姉は、強引に主張しました。
しかし実際には、伯母は遺言書に「遺産は親戚全員で平等に分ける」と書いていました。
姉は、それが気に入らなかったようです。
「何で平等なの! 私が一番もらうべきでしょ!」
姉は、親戚たちの前で怒鳴りました。
親戚たちは、皆呆れた顔をしていました。
その後も、姉は親戚が亡くなる度に遺産を欲しがりました。
「私がもらうべきよ!」
「私が一番可愛がられてたんだから!」
親戚たちは、次第に姉を避けるようになりました。
「あの人、また遺産の話してる」
「本人の気持ちよりも、自分のことばかりね」
告げられた真実
数年後、母方の叔母が亡くなりました。
葬儀の場で、姉はまたこう言い出しました。
「叔母ちゃんの遺産は、私がもらうわ。私が一番面倒見てたんだから」
親戚の一人が、はっきりと言いました。
「お姉ちゃん、あなた、叔母ちゃんの面倒なんて見てなかったでしょ。いつも妹ちゃんが、忙しい合間を縫って通院の付き添いや買い物をしていたのを、私たちは皆知っているわ」
「それに、あなた伯母さんの時から、いつも遺産の話ばかりしてたわね。もう、うんざりよ」
他の親戚たちも、頷きました。
「そうよ。もう、あなたとは関わりたくない」
姉は、顔が真っ青になりました。
「みんな、私のこと嫌いなの?」
「今のあなたの振る舞いは、到底受け入れられないわ」
姉は、その場から逃げるように去っていきました。
この出来事を通じて感じた事。
人は誰かに必要とされたいものです。
しかし、それは自分を大きく見せることで得られるものではなく、相手を尊重し誠実に向き合うことで初めて得られるものなのだと、私は思っています。
【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年2月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢佑菜
管理栄養士の資格を持つ、2人の自閉症男子のママ。自身の育児環境の変化をきっかけに、ライター活動をスタート。食と健康を軸に、ライフスタイル全般のコラムを得意とし、実体験に基づいたリアルな記事を執筆中。専門的な情報を「わかりやすく、すぐに日常に取り入れられる形」で伝えることが信条。読者の「知りたい」に寄り添い、暮らしを整えるヒントを発信しつづけている。