筆者の話です。
出勤前の慌ただしい朝、夫の一言に手が止まりました。
小さな出来事ですが、私の中で何かが変わります。

朝の一言

「スーツのボタンが取れたんだった」
出勤前、着替えの途中で夫がそう言いました。
何気なく差し出される上着。

お互い仕事を持っているわが家では、朝はいつも慌ただしい時間です。
家事や身支度をそれぞれ進め、時計を気にしながら動いています。
その朝も例外ではありませんでした。
私は思わず「今?」と固まります。
自分の支度もまだ途中だったのです。

積もる違和感

針と糸を出し、外れたボタンを縫い付けながら、頭の中では別のことを考えていました。
ボタンが取れたのは、きっと前日のこと。
帰宅後に伝える時間はあったはずです。
普段、ボタン付けくらいは私がやればいいと思っていても、このタイミングはあまりに厳しい。
時計を何度も見ながら、急いで糸を切り、上着を渡すと、夫は何事もなかったようにネクタイを締め直しています。

夫に悪気がないのは、わかっています。
それでも「気づいたときに言えばいい」という感覚が、私の朝の数分を当然のように使っている。
その姿を見ながら、小さな違和感が積もっていくのを感じました。