ためらった理由と、その後の行動
一睡もできないまま、あたりがうっすら明るくなり不安が現実味を帯びたとき、頭に浮かんだのは実家の親でした。
でも、すぐに別の思いがわいてきます。
高齢の親にうつしてしまったらどうしよう。
頼るのは無責任じゃないか。
助けてほしい気持ちと、ためらいが行ったり来たりしました。
それでも、限界を感じた私は電話をかけました。
事情を話すと、親は迷うことなく「今から行くよ」と言ってくれたのです。
その言葉を聞いた瞬間、張りつめていたものが一気にほどけました。
迎えに来てもらい、そのまま一緒に病院へ向かうと、親子そろって胃腸炎だと判明。
薬を飲み、息子は少しずつ落ち着き、私も回復へ向かいます。
布団で眠る我が子の寝顔を見ながら、胸の奥がじんわり熱くなりました。
親への思い
たいした親孝行もしていないのに、まだ親を頼っている。そう思うと、反省の気持ちもありました。
でも同時に、こんな考えも浮かびました。
「頼ること」と「甘えること」は、少し違うのかもしれない、と。
あの夜、私が選んだのは、無理をして倒れることではなく、助けを求めることでした。
それが正しかったかどうかは分かりません。
ただ、あのとき助けを求めたから、二人そろって回復へ向かえた。その事実だけは、今もはっきりと残っています。
母になっても、私はまだ親の子どもでした。
そして親は、何歳になっても、変わらず「親」でいてくれるのだと思います。
【体験者:40代・筆者、回答時期:2026年2月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:大空琉菜
受付職を経て、出産を機に「子どもをそばで見守りながら働ける仕事」を模索しライターに転身。 暮らしや思考の整理に関するKindle書籍を4冊出版し、Amazon新着ランキング累計21部門で1位に輝く実績を持つ。 取材や自身の経験をもとに、読者に「自分にもできそう」と前向きになれる記事を執筆。 得意分野は、片づけ、ライフスタイル、子育て、メンタルケアなど。Xでも情報発信中。