筆者の話です。
実家へ帰るたび、当たり前のように用意されていた朝ごはん。
赤飯を見るたび、今になって胸に残るものがあります。
実家へ帰るたび、当たり前のように用意されていた朝ごはん。
赤飯を見るたび、今になって胸に残るものがあります。
変わった実家
今、母は実家を離れ、施設でお世話になっています。
久しぶりに実家へ帰っても、台所は静まり返り、朝ごはんを作ってくれる人はいません。
以前は自然と集まっていた場所が、ぽっかり空いたように感じました。
あんなに温かかったキッチンも、寒さを感じるようになっています。
それは気温の問題ではなく、誰もいないという寂しさに似た寒さなのかもしれません。
気づいた価値
コンビニやスーパーで赤飯を見かけたとき、あの頃の帰省がふとよみがえります。
やわらかな朝の光の中で台所に立つ母の姿まで思い出します。
あの朝ごはんは、当たり前ではありませんでした。
赤飯を見るたび、あの頃の温かさを感じたくて手が伸びてしまいます。
何気なく受け取っていた時間が、とても贅沢なものだったのだと、今になって気づきました。
【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年2月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。