筆者の話です。
夫の友人たちの集まりに参加することになりました。
その場で、私だけが取り残されていることに、静かに気づいてしまいます。

ぽつんと

「奥さんは、どうですか?」
そう声をかけられるたび、ありがたさと同時に、気を使わせてしまっているという申し訳なさが胸に残ります。
夫に視線を向けると、会話を止めることなく、戻ってくる気配もありません。
私が輪の外にいることに、気づいていない様子でした。

ぽつんと座ったまま、時間だけが過ぎていきます。
それなら最初から、置いて行ってくれたほうが楽なのに。
そう思っても、彼に悪気がないとわかっているから、何も言えません。
楽しい宴に水を差すようで、口角を上げたまま、グラスに視線を落としていました。

気づいたこと

後日、同じような気持ちを抱えていた友人の奥さんが参加し、自然に話すようになりました。
「私たち、置物みたいだよね」と笑い合えたことで、張り詰めていた気持ちがふっと軽くなりました。
その人がいてくれるから、今では、その集まり自体が、以前ほど苦痛ではありません。
お互いのパートナーを見て苦笑する余裕も出てきました。

それでも参加するたび、思います。
誰かをどこかへ連れて行くなら、その人の存在を心に留めておくこと。
心地よい場所が保たれるのは、自然なことではない。
そこにいる誰かの、小さな気遣いの積み重ねなのだと感じています。

【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年2月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。