H先輩は、満面の笑みで、
「それなので、その他社の製品のデメリットを、私が知っている限り説明しました。そうしたら、そのお客様が『うちの製品にしようかなあ』と言っていたので、私が『購入したらサンプルを5袋プレゼントするから買いましょう!』と言うと、お客様がうちの商品を手に取ってくれたのです。そのままレジに一緒に行って、他社の製品を返品してもらってから、うちの商品を買ってもらったんです!」
と嬉しそうに言いました。
凍りついた会議室
その瞬間、会議室の空気が凍りつきました。
上司の顔が、引きつっています。
「ちょっと待って、Hさん。今、何て言ったのかな?」
「はい? 他社の製品を返品させて、うちの商品を買ってもらったって」
上司の声が、低くなり呟きました。
「Hさん……それ、絶対にやっちゃダメなやつだよ」
会議の後、上司はHさんを個別に呼び出しました。
上司は、Hさんに厳しく言いました。
「あなたがやった事は、営業ではなく、他社の営業妨害であり、お客様への強要ですよ。お客様の自由意思を無視して、無理やり買わせる事は、会社の方針に反していますし、大きな法的リスクも伴います」
「でも、お客様、喜んでましたよ?」
「それは、あなたが強引に説得したからじゃないかな? 後から後悔して、クレームになるかもしれない。他社製品を貶めて返品を迫るなんて、あってはならない事です」
H先輩は、自分のした事の重大さに初めて気がついた様子でした。
クレームと教訓
案の定、数日後にH先輩が対応したお客様からクレームが入りました。
「先日、そちらの会社の販売員の方に私が買った他社の製品を返品させられて、御社の製品を買わされました。あれは強引すぎると思います。返品したいです」
会社は、丁重に謝罪し全額返金対応をしました。
さらに、他社にも販売を妨害してしまった謝罪をする事になりました。
その際に他社から「今後、こうした事がないように、社員教育を徹底してください」と厳しく注意を受けたのです。
会社としても、「数字さえ上がればいい」という風潮が、今回の不適切な勧誘を招いたとして、個人の成績を過度に評価し、現場の手法を正確に把握していなかった管理体制を猛省する事になりました。
H先輩は、この一連の事からようやく自分の過ちに気づいたようでした。
「私は営業成績を上げる事ばかり考えて、お客様の事を考えてなかった。諦めない営業って、お客様を尊重する範囲でやらなきゃいけなかったんだね」
そう言ってため息をつきました。
この出来事を通じて、会社全体で営業スタイルの見直しが行われ、H先輩も営業スタイルを見直し、お客様が本当に必要としているものを提案する姿勢に変わっていきました。
成績は以前ほど派手ではなくなりましたが、クレームは激減し、リピーターが増えたのです。
私もこの経験から、目先の成果よりも長期的な信頼関係の方がはるかに価値がある事を学びました。
【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年2月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢佑菜
管理栄養士の資格を持つ、2人の自閉症男子のママ。自身の育児環境の変化をきっかけに、ライター活動をスタート。食と健康を軸に、ライフスタイル全般のコラムを得意とし、実体験に基づいたリアルな記事を執筆中。専門的な情報を「わかりやすく、すぐに日常に取り入れられる形」で伝えることが信条。読者の「知りたい」に寄り添い、暮らしを整えるヒントを発信しつづけている。