英語に憧れながらも、身につかないまま大人になった筆者。子どもを近所の「英語教育に力を入れる保育園」に通わせたことで、ネイティブの先生と対面する朝が訪れます。その場で起きた出来事と子どものひと言が、時間がたってからの後悔として胸に残りました。
子どものひと言
隣にいた息子が、こちらをジーっと見ていました。そして、なぜか少し誇らしげに、はっきりとした声でこう言ったのです。
「ママは英語、しゃべれないんだよ!」
説明する必要、ありましたか……。
周囲にいた大人たちの視線が、一瞬こちらに集まった気がしました。私は笑うしかなく、子どもは役目を果たした顔で満足そうでした。
「情けない」という気持ちだけが、内側で渦巻いていました。
大人になって感じるリターン
さらに別の日のお迎え時。
ネイティブの先生と保護者が五人ほど集まり、全員、英語で楽しそうに談笑しています。
私はまた、笑顔と相づちだけでその場をやり過ごします。
今日も、何も言えていません。
帰り道、ふと思いました。
どうして時間があった学生時代に、きちんと身につけておかなかったんだろう。
お金も時間もかけたのに、何も残っていない。「あるあるの後悔」です。
英語が話せないだけなのに、こんなに胸がざわつく。
大人になってからのほうが、「努力しなかったリターン」はジワジワと効いてくるものだと知ったのでした。
【体験者:40代・筆者、回答時期:2026年2月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:大空琉菜
受付職を経て、出産を機に「子どもをそばで見守りながら働ける仕事」を模索しライターに転身。 暮らしや思考の整理に関するKindle書籍を4冊出版し、Amazon新着ランキング累計21部門で1位に輝く実績を持つ。 取材や自身の経験をもとに、読者に「自分にもできそう」と前向きになれる記事を執筆。 得意分野は、片づけ、ライフスタイル、子育て、メンタルケアなど。Xでも情報発信中。