筆者の話です。
洗い物を終えた直後、夫から発せられる一言に、なぜか心がざわついていました。
そのモヤっとの正体に、ある日ふと気づきます。
洗い物を終えた直後、夫から発せられる一言に、なぜか心がざわついていました。
そのモヤっとの正体に、ある日ふと気づきます。
その一言
「あ、これもあった」
食後、洗い物をすべて終え、シンクがきれいになって「さあ、一息つこう」と思ったその瞬間。夫が書斎からコップと小皿を手に戻ってきました。
手に持っているものは、ほんの一つか二つ。
量としては大したことはありません。
それでも、差し出されたコップを受け取った瞬間「たったコップ一個で、何をイライラしているの?」と自分を責めてしまいそうな、けれど確かに存在する小さな引っかかりを感じていました。
積もる違和感
洗い物は、一つずつ洗っているようで、実は流れで進めている作業です。
油汚れを落とし、洗剤をつけ、すすいで終える。
それぞれの工程をまとめて回し、シンクが空になったところで、ようやく一区切りついた気持ちになります。
その区切りがあるから、次の自分時間へと意識を切り替えられるのです。
だからこそ、片づけ終えた直後に追加されると、時間よりも気持ちが引き戻されるような感覚がありました。
終わった後
夫に悪気がないことは分かっています。
黙って置かずに、声をかけてくれている。
気づいたから出しただけなのだと、そう受け止めていました。