筆者の話です。
料理の手際がいい夫に、卵焼きの作り方を教えられるたび、心が少し重くなっていました。
けれど台所に立つ時間の中で、思いがけない気づきが生まれます。

卵焼きの手

「卵焼きの卵は、こうやって混ぜるんだよ」
そう言いながら、夫は慣れた手つきで卵を片手で割り、箸を素早く動かします。
菜箸4本を器用に持ち、卵を混ぜていくのです。

大学時代、旅館の厨房でアルバイトをしていたそうで、包丁やフライパンの扱いにも迷いがありません。
私はその様子を横で見ながら、卵を受け取るタイミングを待っていました。

積もる違和感

教えてくれること自体は、ありがたいと思っています。
菜箸の動きを目で追いながら、私は何も手を出せずに立っていました。
ただ、同じようにできない自分を、その場で突きつけられている気がしていたのです。

何度やっても卵は片手では割れないし、菜箸を4本も器用に持つことができません。
手元を見ているだけなのに、焦りのようなものが積もっていきました。
夫が当たり前のようにこなす動きを見るたび、胸の奥が少しざわつきます。
台所に立つ時間が、菜箸を握る手に力が入る時間に変わっていました。