毎日の献立を考えるのって、苦労しますよね。家族に対して「何が食べたい?」と聞くほど、なぜか疲れていく日々。良かれと思って言った一言が、思わぬ形で重荷になっていました。筆者の体験談です。

調整役

ようやく決めた献立を出すと、「え、それ?」と小さな不満が出ることも。
相手に悪気はないと分かっていても、精一杯の調整を終えた後にそう言われると、ついモヤモヤします。

いつも通りの食卓を囲みながら、私だけ、何かが引っかかっていました。
そんなやり取りを繰り返すうちに、気づいたのです。
献立を考えること自体が、料理以上に「調整の仕事」になっていたのだと。
全員の希望を聞き、全員を満足させる前提で動いていたから、しんどくなっていたのでした。

分ける選択

それから私は「何が食べたい?」と聞く日と、聞かない日を分けるようになりました。
余裕のある日にだけ、その一言を使うのです。
それ以外の日は、帰宅前から献立を決めてしまい、迷わずキッチンに立つようにしています。

家族の喜ぶ顔は見たいけれど、まずは自分が健やかにコンロの前に立とう。

献立は、毎日完璧でなくていい。
そう考えるようになってから、家の空気も、私自身の気持ちも、少しやわらいだ気がします。

【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年1月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。