これは、知人のA子さんに聞いたお話です。
サッカーチームに入ったA子の息子。自主性を重んじる方針のはずが、あるパパの独善的な「自主練」に巻き込まれて……。
昭和な根性論を押し付ける困ったパパを、監督が成敗してくれた痛快エピソードです。
サッカーチームに入ったA子の息子。自主性を重んじる方針のはずが、あるパパの独善的な「自主練」に巻き込まれて……。
昭和な根性論を押し付ける困ったパパを、監督が成敗してくれた痛快エピソードです。
「自主性」が売りのはずが……? チームに現れた昭和な“ボスパパ”
A子さんの息子さんが入会した地元のサッカースクールは、「子どもの自主性を大切にする」という今どきの方針が魅力。サッカー経験者の実弟にアドバイスをもらいながら、親子で楽しく練習に励んでいました。しかし、そんな平和な日々に暗雲が立ち込めます。
チームメイトの保護者であるBパパが、頼んでもいないのに「自主練」の音頭を取り始めたのです。
「みんなで上手くなろう!」という言葉に惹かれて参加してみると、そこはBパパの独壇場でした。現代のスポーツ科学では推奨されないような、過度に身体への負担が大きいだけの時代錯誤なトレーニングを強制したり、意図の不明確な動きを強要したり……。
しかも、Bパパの機嫌次第で褒められたり怒鳴られたりするため、子どもたちは完全に萎縮してしまっていました。
A子さんの息子さんも、「友達とサッカーするのは楽しいけど、Bパパの言うことはよく分からない」と困惑気味。
せっかくのやる気が、威圧的な指導のせいで削がれていくのを見て、A子さんもモヤモヤを募らせていました。