「まだ着られる」と思っていた服と、久しぶりに向き合った50代のある日。
クローゼットの前で立ち止まった理由は、服そのものではなく——。
ボーナスをつぎ込んで買ったカシミアのコート。
若い頃はおしゃれのためと着ていたけれど、普段着ている軽さ重視のダウンコートに比べると重く感じてしまいました。
それでも購入した際の強い思いが忘れられず、どうしても捨てる気にはなりません。
ただ服を元に戻す動作だけが増え、焦りと時間だけが静かに過ぎていきました。
似合うかどうか以前に、立ち止まってしまう自分に気づきます。
その小さな違和感が、服を手に取るたび、少しずつ重なっていきました。
体力の限界
さらに驚いたのは、体力の変化でした。
まとめて服を出しただけで、思った以上に疲れてしまいます。
息が上がり「今日はここまで」と、途中でクローゼットを閉める日が増えました。
若い頃は時間がなく、今は時間があっても体力が足りない。
その現実を、服を通してはっきり突きつけられたのです。
今の私
「もっと早く思い切ればよかった」
そう感じる気持ちはあります。
けれど同時に、当時の自分には手放せなかった理由があったのだとも思います。
服と向き合うことは、過去の自分を否定することではありません。
今の体力と気持ちに合わせ、無理をせず、少しずつ整理していこう。
そう考えられるようになり、クローゼットの前に立つ足取りが、少し軽くなりました。
【体験者:50代女性・筆者、回答時期:2026年1月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。