筆者の話です。
離婚後、がむしゃらに働き続け、気づけば50代後半になっていました。
立ち止まったとき、ふと浮かんだ「これから何をしよう」という問いとは。

空白の時間

「これからは、丁寧に暮らしていこう」
そう思えたのは、仕事に少し余裕が出てきたからです。

ところが、いざ時間をどう使うか考え始めると、頭の中は意外なほど静かでした。
予定のない休日、何をするでもなく過ごす時間が増え、気づけば一日が終わっている。
テレビをつけても、スマホを見ても、何かをした気になれないまま時間だけが過ぎていきます。

気分転換に外に出る気にもなれず、体を休めることが大切だと言い聞かせるような、家の中での時間。
贅沢と言えばそれまでですが、その時間に虚しさが胸に残る日もありました。

浮かばない

「じゃあ、これから何をして過ごそう?」
自分に問いかけてみても、すぐに答えは出ませんでした。

本当は編み物が好きでしたが、最近では視力の低下か、近くを見るための眼鏡と遠くを見るための眼鏡を替えながら生活をしています。
細かい作業を行うのもだんだん苦手になってきて、数段編んだだけで手を止め、眼鏡を外す自分がいました。
好きという気持ちだけでは難しい現実を、はっきりと感じたのです。

これから

人と交流できる趣味を、若い頃から持っていればよかったのだろうか。
そんな思いがよぎることもあります。
それでも、趣味を後回しにしてきたのは、必死に生きてきた証でもありました。

後悔だけではありません。
答えはまだ出ていませんが、何もしない時間も含めて、これからは自分のペースで探していこうと思います。
そう思えるようになった、50代後半の今です。

【体験者:50代女性・筆者、回答時期:2026年1月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。