保健指導、最後の一人
私は管理栄養士として、特定保健指導の仕事をしています。
今から10年前のこと、ある企業から従業員への集団指導の依頼を受けました。
担当は10名で、一人30分以内で面談を行い、次の対象者までの休憩はわずか5分というタイトなスケジュールでした。
午前中に5人、午後に入ってさらに4人の面談を終えました。
どの対象者の方も協力的で、自分の健康について真剣に話し、アドバイスを聞いてくれました。
「こんな風に話を聞いてもらえて良かった」と感謝してくれる方もいました。
そして、残るは最後の一人。
「よし、あと一人。がんばろう!」
私は気合を入れ直し、対象者Xさんが来るのを待ちました。
無言の面談
しかし、面談予定時刻を10分過ぎてもXさんは現れません。
会社側の担当者に連絡を取ると、ようやくXさんが現れました。
Xさんはどこか居心地が悪そうで、終始視線を落としたまま椅子に座りました。
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
私が笑顔で挨拶をしても、Xさんは一言も発しませんでした。
目も合わせず、無表情のまま椅子に座ります。
「では、まず現在の生活習慣についてお伺いしますね。普段、朝食は食べていますか?」
無言でうなずきます。
「お酒は飲まれますか?」
「週に何回くらいですか? 三回以上?」
うなずきます。
どんな質問をしても、返ってくるのは「うなずく」か「首を振る」だけ。
一言も言葉を発してくれません。
私は20年のキャリアの中で、ここまで聞き取り調査に苦戦したことは初めてでした。
「運動習慣についてもお聞きしたいのですが」
必死に質問を続けましたが、Xさんの態度は変わりませんでした。
まるで、私の存在そのものを拒絶しているかのようでした。
何とか30分の面談時間を使い切り、最低限の情報だけを聞き出しました。
「では、これで終了です。お疲れ様でした」
私が締めくくると、Xさんは挨拶もせずに席を立ち、さっさと部屋を出て行きました。
拒絶の理由
面談終了後、会社の担当者が申し訳なさそうに話しかけてきました。
「すみませんでした。Xさん、病気とかで話せないわけじゃないんです。この保健指導を受けたくなかったみたいで」
「そうだったんですか」と私は答えました。
担当者は続けました。
「実は彼、去年の健康診断でも引っかかっていたんです。でも『俺は大丈夫』って言って、何も改善しようとしなくて。今回も上司に無理やり参加させられたような形でした」
ああ、そういうことか。私はようやく理解しました。