筆者の話です。
「何が食べたい?」と聞かれると、なぜかいつも同じ名前が浮かぶ自分がいました。
味でも流行でもない理由に、あとから気づくことになります。

ご褒美感覚

大人になった今でも、その感覚は私の心の奥底に鮮明に残っていました。
仕事で疲れ果てた日や、思うようにいかないことが続いて落ち込んだ日の帰り道。
気づけば私は、無意識のままその店を「ご褒美」として選んでいます。

「今日くらい、食べていいよね」
誰に聞かせるでもなく、そう心の中でつぶやきながら自動ドアをくぐると、店内にはあの頃と同じ、揚げたての香ばしい匂いが漂っています。
心の中で「たまには別のものにしたら?」と友人から以前言われた言葉が、ふと浮かびました。
それでも私は、あの店を選んでしまうのです。

残る理由

改めて考えてみると、私が求めていたのは味そのものではありませんでした。
放課後の高い空、友達と並んで笑った時間、未来への根拠のないワクワク感。そんなキラキラした記憶が、食べ物と一緒に心に残っていたのだと思います。

トレイに乗ったハンバーガーを一口頬張ると、少しだけ肩の力が抜けるのが分かりました。

食の好みは、栄養素や舌の感覚だけで決まるものではない。
「思い出に引っ張られて選ぶ食事があってもいいじゃない」
そんな「ご褒美」も、今の自分を支えてくれるひとつなのだと、静かに受け止めています。

【体験者:50代女性・筆者、回答時期:2025年12月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。