筆者の知人Aさんは、最近母親を亡くしました。そんなAさんは母親が亡くなって、最も恋しく思ったもの。それは母の味です。Aさんが今後悔しているのは、かけがえのないはずの母の味をないがしろにしていた時期があること。Aさんの体験を通じて、私たちが日常の中でつい見失いがちな「親の愛情」について考えてみましょう。

母の料理のありがたみに気づく

大学生になり友人と外食することが増えたこともあって、その後も母の料理をあまり食べることなく卒業を迎えたAさん。

就職と同時に家を出たため、母の料理を食べる機会はさらに減っていきました。

その後、自立したAさんは、たまに帰省した時に食べる母の料理の美味しさとありがたさにようやく感謝できるように。しかし、結婚して自分の家庭を築き、日々の忙しさに追われるうちに、「いつでも食べられる」と思っていた母の味は、帰らぬものとなってしまいました。

「もう一度食べたい」Aさんの後悔

「あの時、どうして母の料理をもっと『美味しい』と言って食べておかなかったんだろう。食べたくてももうあの味は食べられないんだ」

Aさんは大学時代のことを思い出すたびに、胸を痛めています。母の愛情を「お節介」と感じてしまった若き日の自分。今となっては、そのことを謝ることも、感謝を伝えることもできません。

しかし、Aさんは今、母からもらった愛情を忘れないよう、子どもに美味しい料理を作ることで、次の世代へ繋いでいきたいと思っているそうですよ。

【体験者:50代・女性主婦、回答時期:2025年11月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:安藤こげ茶
自身も離婚を経験しており、夫婦トラブルなどのネタは豊富。3児のママとして、子育てに奮闘しながらもネタ探しのためにインタビューをする日々。元銀行員の経験を活かして、金融記事を執筆することも。