筆者友人A子の話です。
「忙しいから、また今度」
そうやって後回しにしてきた母との会話は、ある日突然、永遠に失われました。
親を見送った今、最も後悔しているのは特別な親孝行ではない……元気なうちに、たった一つだけしておくべきだったこととは──。

母を「母親」としてしか見ていなかった

A子が最も胸を締めつけられたのは、遺品整理のときでした。
見つけたのは、母が書き残していた日記。そこには、家族には見せなかった葛藤や弱音、一人の人間としての素顔が綴られていました。

知らなかった。
こんなふうに悩み、考え、揺れていたことを。

旅行に連れて行けなかったことでも、高価な贈り物をしなかったことでもない。
一番の後悔は、母を「母親」という役割でしか見ず、「一人の人」として向き合わなかったことでした。母にも、娘の知らない「彼女自身の人生」があったのだという当たり前のことに、もっと早く触れておきたかった。

元気なうちに、しておくべき“たった一つのこと”

親が元気なうちに、絶対にしておくべきこと。
それは、特別な親孝行ではありません。

ただ、「一人の人間」としての話を聞くこと。
今日何を思ったのか、どんな夢を持っていたのか、どんな人生を歩いてきたのか。
「親だから」ではなく、「一人の人として」。

忙しさは、きっとこれからもなくなりません。
けれど、ほんの5分でもいい。
「また今度」は、静かに消えてしまうことがあるのだから。
今ならまだ間に合うあなたに、後悔ではなく、穏やかな思い出を増やしてほしいと願っています。

【体験者:40代・主婦・女性、回答時期:2025年12月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:K.Matsubara
15年間、保育士として200組以上の親子と向き合ってきた経験を持つ専業主婦ライター。日々の連絡帳やお便りを通して培った、情景が浮かぶ文章を得意としている。
子育てや保育の現場で見てきたリアルな声、そして自身や友人知人の経験をもとに、同じように悩んだり感じたりする人々に寄り添う記事を執筆中。ママ友との関係や日々の暮らしに関するテーマも得意。読者に共感と小さなヒントを届けられるよう、心を込めて言葉を紡いでいる。