心の叫びと向き合う
テーブルの上の花瓶が床に叩きつけられ、リビングの本棚が倒されました。
Kさんが大切にしていた食器が次々と割られ、その勢いはKさんに向けられました。
傷だらけになったKさんは、学園のカウンセラーに泣きながら相談しました。
「あの子はおかしくなってしまったんです。あんなに可愛らしくて良い子だったのに……」
カウンセラーは、Kさんの話を静かに聞いた後、穏やかに言いました。
「Kさん、娘さんは『おかしくなった』のではありません。必死に『自分』を守ろうとしているのです」
「Kさん、あなたは良かれと思ってすべてを先回りして決めてこられたのかもしれません。けれど、娘さん自身が自分で決める機会を奪われてきたのだとしたら、お風呂に入らないのも、部屋を壊すのも、それは彼女なりの切実な『NO』の表明です。言葉では伝えられなかった12年分の『私はこうしたくない』が今、溢れ出しているのでしょう」
カウンセラーは続けました。
「Kさん、質問です。娘さんの好きな色は何ですか? 将来の夢は?」
Kさんは答えられませんでした。
娘自身が何を好きなのか、何を望んでいるのか、Kさんは一度も聞いたことがなかったのです。
「娘さんは、自分が誰なのかを探している最中なのです。そして今分かっているのは、『お母さんの操り人形ではない』ということ。だから全てを拒絶している。それが今の彼女にとっての、命がけの自己表現なのかもしれません」
その言葉に、Kさんの目から涙が溢れました。
そして新たな関係へ
翌日、Kさんは娘さんの部屋の前に立ち、部屋に引きこもっている我が子に向かって静かに声をかけました。
「お母さん、ずっと間違ったことをしてきたみたい。ごめんなさい」
ドアの向こうから、かすかな気配を感じました。
「あなたに、選ばせてあげればよかった。あなたの声を、聞いてあげればよかった。お母さんはあなたを完璧な女性にしたくて、あなたがやりたいことをすべて奪っていたのね」
Kさんは涙をこらえ、震える声で「ごめんなさい」と心から謝りました。
沈黙が続き、ゆっくりとドアが開きました。
そこには、それまでの「作られたお嬢様」ではない、ボロボロの姿で一人苦悩する少女の姿がありました。
「お母さん」とか細い声でKさんを呼びました。
「私、自分が何が好きなのか、わからない。でも、それをこれから見つけたいんだ」
Kさんは泣きながら頷きました。
それから数ヶ月。
娘さんは少しずつ変化していきました。
カウンセリングを重ねて自分の着たい服を自分で選び、少しずつ自分でスケジュールを立て、自ら友達と話すようになりました。
明るい笑顔が増え、家庭の温かさが少しずつ戻っていきました。
Kさんは、娘を「完璧な女性」にすることが愛なのだとずっと思っていました。
娘さんの反抗は、彼女自身が自分の人生の主導権を取り戻すための、必死の戦いだったのです。
Kさんはもう、無理に何かを強いることはしません。
それは、お互いを一人の人間として尊重し合う、新たな母娘関係の始まりでした。
【体験者:40代女性・専業主婦、回答時期:2025年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢佑菜
管理栄養士の資格を持つ、2人の自閉症男子のママ。自身の育児環境の変化をきっかけに、ライター活動をスタート。食と健康を軸に、ライフスタイル全般のコラムを得意とし、実体験に基づいたリアルな記事を執筆中。専門的な情報を「わかりやすく、すぐに日常に取り入れられる形」で伝えることが信条。読者の「知りたい」に寄り添い、暮らしを整えるヒントを発信しつづけている。