筆者の話です。
雨の中、夫が駅まで迎えに来てくれた日のこと。
帰宅直後にふと浮かんだ“違和感”が、わが家の家事の形をそっと映し出して──。

胸のざわめき

ところが駐車場で車を降りた瞬間、ベランダで揺れる白い布が目に飛び込んできました。
雨風にあおられ、重たく垂れ下がった洗濯物。
迎えに来てくれたありがたさと、この光景がどうしても結びつかず、胸の奥に小さなざわめきが広がりました。
「あれだけ降っていたのに、どうして気づかなかったんだろう」そんな思いが浮かんでは消え、違和感だけが静かに積もっていったのです。

決定打

家に入るなり「洗濯物、取り込んでくれなかったの?」と聞くと「迎えに行くことだけ考えていたよ」と当然のように言う夫。
悪気はないと分かっていても、そのひと言がすれ違いの理由をそのまま表していました。
夫にとっては『迎えに行くこと』が最優先で、家に残したものへ意識が向く余裕はなかったのでしょう。
胸の奥にあったざわめきが、静かに形を持ちはじめました。

気づいた違い

夫の言葉を受け止めたとき、胸の中に残った違和感がゆっくり輪郭を帯びていきました。
自分で手を動かしていると自然と目に入ることも、やっていない人には本当に『存在していないもの』のように見える。
家事って、やっていない人の目には本当に入らないものなんだな──と。

それ以来、「洗濯物干してるから、雨が降ったら取り込んでね」と事前に伝えるようになりました。小さなひと言だけで、行き違いが少しずつ減っていくのを感じています。
些細な出来事だけれど、わが家の『家事の見え方の違い』をあらためて感じた日でした。

【体験者:50代女性・筆者、回答時期:2025年12月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。