筆者の話です。
父の『旅行貯金』で出かけていた家族旅行には、いつも細かな注文と文句がついてきました。
けれど、今あらためて思い返すと──あの文句には別の意味があったのかもしれません。

ご機嫌な文句

やっと条件に合う宿を確保しても、現地に着くと父は部屋を見回しながら小さく文句をこぼします。
「狭いなあ」「眺望が悪いなあ」と、一見不満のようなのに、頬はどこかゆるんでいて、むしろご機嫌に楽しんでいるように見えました。

私はそのたびに胸の奥がそわつき「もっといい部屋があったのかな」と自分の手配を振り返ってしまいます。
期待に応えたい気持ちが先に立ち、父の本心がどこにあるのか迷ってしまうこともありました。

疲れと戸惑い

旅先のレストランや休憩場所も、父の好みに合わせて事前に調べるのが私の役割でした。
名物料理は何か、評判の良い店はどこか、数件ピックアップしておき、当日の気分で選べるようにしておくのです。

席につき、メニューを広げた父は、ふっと小さく笑いました。
「まあせっかく来たけんな。のどぐろは食べて帰らんとな」
文句を言いながらも、本当は楽しんでいることが伝わりました。

気がつけば私は、父の機嫌ばかり追いかけていたのです。
「もう少し素直に楽しんでくれたらいいのに」と、心の奥でため息がもれる瞬間もありました。

やっと届いた思い

ふと父の横顔を思い出す瞬間があります。
父も亡くなり、母も施設に入り、家族旅行を計画する機会はなくなりました。
その時間を振り返ると、父は本当に文句を言いたかったのではなく、娘に任せた旅行を照れながら楽しんでいたのかもしれません。

面倒に感じていた手配も、あの『嬉しそうな文句』も、胸があたたかくなる思い出です。
父なりの感謝や喜びの表し方が、少し不器用だっただけ。
それに気づけるようになった今、あの頃の自分にも、父にも、そっと優しい気持ちで寄り添いたくなります。

【体験者:50代女性・筆者、回答時期:2025年12月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。