筆者の体験談です。
毎週金曜の夕食会は、友人の「外に出ようよ」から始まりました。
好みが合うわけじゃないのに、当たり前のように続いてきた習慣。最近になって、その『本当の意味』を感じています。
毎週金曜の夕食会は、友人の「外に出ようよ」から始まりました。
好みが合うわけじゃないのに、当たり前のように続いてきた習慣。最近になって、その『本当の意味』を感じています。
合わないのに続く理由
実は、私たちは食の好みがぴったり一致するわけではありません。
辛いものが苦手な私と、激辛大好きな彼女。
食べたいものも大体真逆で、行きつけのお店をいくつも並べながら、最終的には『その日お互い気分の折り合いがつく場所』に落ち着くこともしばしばです。
それなのに、どうしてこんなに長く続いてきたのか──そう思う瞬間が最近になって増えてきました。
時間そのものが宝物
答えは、ようやくはっきりと分かりました。
食べたいものがあるから行くのではなく、友人と過ごす『時間そのもの』が大切だったのだと。
毎週の近況報告に笑い、時に励まされながら、気づけば金曜日がいちばんの癒しになっていました。
好みが違っても、向いている方向がちょっとずつ違っていても、続いてきたこの時間。
それは、料理ではなく『人』が理由だったのだと、ようやく胸の奥でしっくりきています。
今の私にとって、金曜日は小さなご褒美のような時間になっています。
【体験者:50代女性・筆者、回答時期:2025年12月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。